巨大あひるちゃんの停泊地・八軒家浜のご紹介

2009年9月12日

タイムリーなネタです。
今、水都大阪2009の催しの一環として、八軒家浜会場に巨大あひるちゃんがぷかぷか浮かんでいます。

これはオランダのアーティスト・F・ホフマン氏が世界各地(これまではベルギーやブラジルなどで発表したとのこと)で活動している「ラバーダックプロジェクト」の一環で、日本におけるオランダ年を記念したものです。

で、これがある八軒家浜ってどこよ?ということで。
八軒家界隈に住んで働いているおいらがざくっとご紹介(=゚ω゚)ノ


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↑こちらです。
京阪本線・天満橋駅、地下鉄谷町線・天満橋駅の構内からすぐです。
たまに誤解されますが、JR環状線の「天満駅」ではありません。そちらは大阪市北区、こちらは大阪市中央区です。ご注意ください。

八軒家船着場は京阪天満橋駅の駅構内から直結しているので、そのまま川沿いに遊歩道を歩いて行くと、目の前の川にぷかぷかしているのが見えてきます。

この遊歩道は隣の天神橋まで続いているので、そのまま天神橋を半分渡って中之島の剣先公園に渡ることができます。

八軒家浜船着場は、淀川の川港を再整備したものです。
現在の大川は、明治に今の淀川が開削されるまでの旧淀川にあたり、京都から淀川を下って大阪に入る客船の発着場がここにありました。

古くは、古代の大阪港「難波津」がここにあり、ここから西側はほとんど海でした。九州とか四国方面の船もここに来てたそうです。

その後、平安時代には熊野詣が盛んになったので、京都の貴族や皇族が京都から船でここ「渡辺津」(名前が変わります)まで来て、ここから南へ下る街道「熊野街道」を歩いて熊野まで参詣しました。この熊野街道で和歌山や奈良で保存されているのが、世界遺産の「熊野古道」です。

現在大阪市内の熊野街道にはこんな標識が立っています。

その後、江戸時代には八軒の船宿がずらっと並ぶ港、ということで「八軒家浜」という名前に変わり、京都の伏見(伏見浜)・枚方(枚方浜)・大阪(八軒家浜)間の客船の発着場になります。
今のJR大阪駅のようなポジションだったとご理解ください。

上方落語の「三十石船夢通路」はこの伏見→大阪間の船旅の中で起こる事件を題材にしています。
十返舎一九「東海道中膝栗毛」でも、弥次さんと北さんが伏見から船に乗って八軒家浜に上陸し、大阪観光に出かけます。
また、幕末の志士や新撰組のみなさんも、ここを使って京都・大阪間を行ったり来たりしました。新撰組が大阪での定宿として使っていた「京屋」という旅館は、今の京阪天満橋駅のあたりにあったようです。

そんな感じで多いに栄えた船着場ですが、近代になって京都・大阪間が列車で行き来できるようになると、すっかりさびれてしまい、船着場もなくなってしまいました。川べりのビルがみんな川に背中を向けて建っているのもそのせいです。
大正時代にはJR大阪駅を中心にした再開発が行われ、御堂筋の拡張工事で大阪の町の中心は梅田・難波間に移りました。

で、ここ数年大阪が進めている「水辺を活用した町づくり」の一環として、船着場の再整備が行われたというわけで。
週末の夜は船着場でカフェバーが開店する他、屋台船に乗れるようです。
日曜祝日は福島までのシャトルボートなんかもあります。
あと、昨日から水と火を吹くドラゴン船のショーも始まったようなので、見たい方は時間を調べてお出かけください。

天満橋から天神橋、中之島にそぞろ歩きできる遊歩道ができたので、水都大阪が始まってから、近所の人が夕涼みに川沿いをぶらぶらしているのによく会うようになりました。

大掛かりなパビリオンとかものすごいショーとかはあんまりない、手作り文化祭みたいなイベントが多い水都大阪ですが、あひるちゃんでほのぼのして、公園をぶらぶらしてまったり楽しんでいただけると、地域住民としては嬉しいデス。