河内長野市岩瀬地区の才ノ神

2014年4月30日

先日、大阪府南部・河内長野市の岩瀬地区を見学訪問しました。
地元の農業支援に携わっている司法書士の豊泉先生、先輩グラフィックデザイナーの渡辺さんと、Oh! Bento Labo主宰の松本さんと私です。

南海電車の千早口駅に隣接して建てられた「大地の里 友邦」という施設で食堂機能がついていない道の駅のような感じ。
千早口駅はハイキングコースの起点になっているため、土日は電話予約のおべんとうを買って受け取ることができます。その他、地区の農家の野菜や果物、それらを使った加工食品、お漬け物や佃煮、ジャムなどが取り扱われています。
渡辺さんの発案でおべんとうを予約していただいていたので、スタッフの方の説明を受けつつ少し早いお昼に。お米は地元産、施設内のかまどで薪で炊いたごはん。それに地元野菜の週代わり旬のおかず。
普段チェーン店のおべんとうばかり食べている身には有り余る口福でした。ムフーン。

…と、この辺りの話は仕事関係なのでほどほどに。
今回、この岩瀬地区を訪問する際に個人的にものすごく楽しみにしていたことがありました。
それは「才ノ神」があるのではないか、ということ。

行く前の下調べとしてGoogle Mapsを見ていたところ、こんな地名を地図上で発見しました。

千早口駅の前の道路をそのまま東に行くと「才ノ神南」という交差点が見えます。文字通り読むなら、才ノ神の南。

才ノ神とは分かりやすく言うと道祖神です。
と言っても、道祖神というのは古くから民間で信仰されていた地元の神に、後付けで神道・仏教・道教が雑多に習合した結果をまとめて呼ぶ名前で、その中身は地方によって様々で統一された「コレ」という体系がある訳ではありません。

・「道祖神」という文字が刻まれた石柱
・二人並んだお地蔵さん、夫婦が寄り添う石像
・同じく夫婦が餅つきやセックスをしている石像
・さらにはもっとド直球なアレやソレ

餅つきやセックスは陰陽和合の象徴です。
さすがに直球すぎるのは包み隠すことに慣れた現代人には厳しい(笑)。

てな感じでいろいろあります。これだけでムックが1冊出てるくらい。いや、奥が深い。
ちなみに「道祖神」という呼び方は道教の神名です。

私が道祖神に興味を持ったきっかけは、友人達とスノボに行った長野県の野沢温泉の風習です。
このあたりの道祖神は八衢比古神(ヤチマタヒコノカミ)と八衢比賣神(ヤチマタヒメノカミ)の夫婦神で、木製の大小の神像が家庭の神棚や町のあちこちに祀られています。小正月に行われる道祖神祭りは国の重要無形民俗文化財に指定されていて、他の地方の「どんど焼き」と形式が似ているらしいです。

野沢温泉観光協会のサイトに詳しく載ってます
http://www.nozawakanko.jp/spot/dousozin.php

あちこち見慣れない像が置いてあるので、気になって民宿の女将さんに訊いたらこれは道祖神で有名なお祭りもあるんだと教えてくださったというわけ。
関西では同じ夫婦神でも猿田彦命(サルタヒコ)と天鈿女命(アメノウズメ)だとされているんですが、所変わればなんとやらで。野沢の道祖神との習合ポイントになる共通点は「容姿が見苦しいもの同士の夫婦神」というところ。
それ以来、ずっと気になり続けております。

寄り道しましたが、日本各地の古い神道・仏教・道教の複数の神や仏の類が混ざってできている道祖神の構成要素、その一つが「才ノ神」である、というところまで戻りますね。

才ノ神は塞の神とも書き、サイノカミ/サエノカミと読みます。
この神は岐の神(フナドノカミ/クナドノカミ)という神と混ざっています。
岐の神は巷の神(チマタノカミ)や辻の神(ツジノカミ)とも呼ばれます。

辻の神と言うとイメージしやすくなる!辻=交差点の神です。

昔の人は辻は人と一緒に神や魔(悪神とか悪霊)が往来すると考えていました。
今でも「盆踊りにはお盆で家に帰ってきた死んだ人が紛れ込んでいる」とか言いますが、昔は現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の行き来は場所によっては簡単だったようですね。現代人が鈍感なだけなのかもしれませんけど。

例えば、私が今までで見た中で「これは確かにいろんなもんが往来しそうやでぇ…」と思った辻はこちら。

大阪高低差学会のフィールドワークで歩いた大阪市住吉区の六道の辻閻魔地蔵前。

今は1本増えて七辻になってますが「冥土の苦界六道の辻」と呼ばれるステキスポットです。
今でこそ住宅街ですが、その昔は大坂のまちから堺筋をずーっとまっすぐ伸ばして住吉大社の横を通る紀州街道沿い、野原や森の間に集落や宿が点在するところ。

1795年の『住吉名勝図会』ではこんな感じ。
http://www.geocities.jp/fufuyuyu21/zue/sz-ikune.htm

紀州街道を離れて生根神社へ行こうと脇道に逸れて六辻に入り込んだら、何か変な所に出た!とか、何か変なもん見た!みたいな話がありそう。
という風に、神や魔が往来しそうな場所に小さな社を建てて辻の神を祀り、往来する人の無事を確保するのが昔の人の交通安全ソリューションです。

村里集落の場合は村の外へ出る道の最後の地点、ここから向こうは村の外という場所に同じく小さな社を建てて塞の神を祀り、魔の侵入を防ぎました。
RPG風に言えば、村マップからワールドマップへ出る境界の印みたいなもんです。そこから外に出るとモンスターとエンカウントするようになります。
辻の神と塞の神はどちらも路傍の小さな社だし、別に宗教的な体系があるわけでもないしで混ざってしまったということかなと。

現在の大阪のまちなかをウロウロしていると、小さいお地蔵さんサイズの道祖神にはたまーに遭遇します。猿田彦と別口で習合している庚申塚の起源が四天王寺なので、それとごっちゃに建っていたり。
ただ、みんな「なんだか良くわかんない石像が建ってる」だけなんですよね…。それはそれで写真撮り歩くくらい好きな人が居るんですけど。
私が見たいのはそういうのではなくて、その集落の辻の神や塞の神としてリアルタイムに祀られているもの、もしくは跡が見たいなーと思っていました。思ってたけど血眼で探したわけではないので、趣味としては熱心さが足りません。

そこへ飛び込んで来たのが「才ノ神南」です。これは行かねばなるまい。

折よく、おべんとう作りのために借りている畑がこのあたりだそうで、畑を見せていただくついでに才ノ神・塞の神探しをすることにしました。スタッフの方の娘さんが車で送迎してくださることになり、渡辺さんと三人でありがたく現地へ。

行く前に、多分こんな感じのものがあるだろうと考えた予想がこちら。

・新道が作られているので、その脇の旧道のどこかにある、もしくは過去にあった
・道の脇、山肌に沿う感じで小さい社が一つか二つ建っている
・祭神はサルタヒコとアメノウズメ
・その地点が里と山の境界で、そこから上には道はあっても森か畑しかない
(岩瀬地区が西側で高野街道に面しており、才ノ神南は地区の東側にあるから)

行ってみたところ、ちょうど目的地の畑のすぐ横にありました。塞の神が。

一番最初の千早口の地図の「才ノ神南」交差点からそのまま「カフェ&旬菜レストラン歩絵夢」のある旧道へ入り、その先の小川にかかる橋のたもとです。さすがにここまではGoogleのカメラは到達していませんでしたネー。
「才ノ神南」交差点から東へ向かってトンネルを通り、府道214号線と合流する新道は子どもの頃はなかったという話も聞きました。

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看板と社が畑の脇の砂利道に建っていて、この看板から奥へ行くとまた才ノ神南への道と合流します。看板の左側にもう少し狭い砂利道が山の上へ通じているのですが、この先は畑だけとのこと。橋を渡る手前の道に車を停めましたが、この道は小川沿いに山を登るもののやはり畑と森だけで、小川は山からのわき水で上の方へ行くとそのまま飲めるそうです。

この看板の向こうに小さな社が二つ。説明書きによるとサルタヒコとアメノウズメ。予想通りのものが予想以上に整備された状態でそこにありました。素晴らしい!!

DSC_8182

もう一つ素晴らしいことに、この岩瀬地区の塞の神は単なる史跡ではなくて、今でも地元の方の手できちんと年1回祭祀が行われているとのこと。これは感動しました。

「えっ!?お祭りやってるんですか!」
「はい、年に1回。ここはお詣りだけで駅前の自治会館ですけど」
「えー!すごい。自治会館でって餅つきですか?」
「そうそう、餅まきしますよ」
「やっぱりー!!餅まきせなあきませんよね。お餅要りますよねー!」

こんな感じでテンション上がりました。駅前に戻ってからも興奮してたので、他の方にはよく分からんことで喜んでるよく分からん子やなぁと思われたと思いますが、まったくもってその通りです。マニアックですいません…。

おべんとうも美味しかったし、現役で祭祀が行われている塞の神も見られたし、天気も良かったしで良い見学訪問になりました。
快く迎えていただいた岩瀬地区のみなさまに感謝です。