真田丸と南惣構堀の高低差フィールドワークに参加しました

2015年5月10日

4月19日に開催された大阪高低差学会の春のフィールドワークに参加しました。
しばらく用事と重なったり、定員オーバーで参加できなかったので住吉大社〜阿倍野を歩く回以来の参加となりました。

↓大阪高低差学会公式の記事はこちら。
真田丸の高低差を歩く!大阪高低差学会・春のフィールドワーク
春のフィールドワーク・真田丸と南惣構堀の高低差

今回は来年の大河ドラマ「真田丸」のクライマックスに登場するであろう真田丸の跡を歩きました。前日にD×Kのミーティングで「明日真田丸の跡歩くんですよ」って言ったら「真田丸って何?」って言われてショックを受けました。大阪に住んでても歴史好きな人じゃないと真田丸って言っても通じないんですね…。

JR環状線玉造駅前の公園に集合して、お世話係・大西さんの簡単なレクチャーを聞いてからいざ出発。

猫間川の跡を歩き、西に折れて玉造稲荷神社へ。

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玉造稲荷のお伊勢参り起点の案内看板とか…。

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同じく玉造稲荷の曽根崎心中の「観音巡り」のシーンの石碑。今回のコースには「大坂三十三所観音」の寺社がいくつか含まれていました。これも一度巡ってみたいテーマですね。

 

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大阪市内にいくつか存在する「道路の真ん中に残された御神木とお社」のひとつ、白光大神。こういうお社は白蛇の神さんが住んでると相場が決まっております。だいたい「巳(みぃ)さん」と呼んでることが多いです。
どの「巳さん」も、道路を拡張するときに木を切ろうとしたら祟ったという本当か嘘か分からないエピソードを持っています。植木屋さんが怪我をしたとか、大阪市の職員が死んだとか。植木屋さんは怪我で勘弁してもらえるけど、市職員は容赦なく殺されてしまうようです。この差はどこから来るんでしょうねぇ…。
ここは上町台地の東側にある南北の坂なんですが、同じように上町台地の西側、谷町六丁目にある南北の坂にも似たような「巳さん」がおられます。そっちは榎木大明神というお社でプリンセストヨトミのワンシーンに登場します。

 

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すごく楽しみにしていた大阪女学院前の「グレートな坂」。すごくグレートでした!主に傾斜角が!
目の高さより低いところにある信号機を見て道を歩くってなんか変な感じしますね。ここは雨の日に自転車では来たくないです。

 

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清水谷の明成孝橋美術さんの前の公園とグラウンド。以前見学にお邪魔したときに「この窪み何やろ?変な地形やなぁ」ってめちゃくちゃ気になってたんですけど、これも天然の地形を活かした堀の跡だそうです。

 

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心眼寺の「大坂三十三所観音」の石碑。ここもそうなんですね〜。
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このお寺には真田信繁の供養墓と、坂本龍馬暗殺の実行犯と言われる京都見廻組の桂早之助の墓があります。桂早之助は鳥羽伏見の戦いで銃で撃たれて死んだという説明の看板が横にありました。

 

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こちらは心眼寺から少し坂を下ったところにあるどんどろ大師の前にあるお弓・おつる母子の銅像。徳島の阿波人形浄瑠璃の演目「傾城阿波鳴門」の名場面の現場です。

 

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さらに坂を下ると明星学園のグランドの端に現れる高低差。これが真田丸と大坂城の間の堀の跡です。けっこう高い…。

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次は三光神社へ。ここの石の鳥居は空襲で爆弾が直撃して折れてしまったそうです。折れた古い鳥居をそのまま戦跡として残し、奥に新しい鳥居が建てられています。

この神社の隣には真田山旧陸軍墓地があり、西南戦争から先の大戦までの戦死者の墓があります。なので、この神社の周囲だけで近世と近現代の戦跡を次々に見ることができます。陸軍墓地は写真を撮る雰囲気の場所ではなかったのですが、独特な静けさのある場所でした。戦前は聖地として厳しく管理され軽々しく入ることはできなかったと言うのがなるほどなぁと思う名残のようなものがあります。

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はい、来年の大河ドラマの主人公です。

 

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この神社には「真田の抜け穴」と言われる穴があります。と言っても昔からあった洞穴を真田丸攻略のために加賀前田家の軍勢がさらに掘り進めた穴ではないかと言う話も。豊臣秀頼と真田信繁は死んでない!ここから逃げたにちがいない!という後世の大阪庶民の願望がこれを「真田の抜け穴」にしたようです。

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真田山からずーっと南へ下って味原池の跡へ。このあたりは南北と東西の坂道が入り乱れて道がぐにゃぐにゃしています。写真に撮ると遠近感がよくわからないことに。このぐにゃぐにゃした感じ、ちょうど上町台地から松屋町筋に向かって下りて行くあたりも似たような雰囲気があります。

このあたりを歩いていると地形が複雑すぎてどこが池なのか分からなくなります。
ちょうど一緒に歩いていたお世話係・平岡さんの友人の方が地質学が好きな方だったので、池の岸がどのあたりだったか、坂道の様子から見分けられて教えていただいて面白かったです。私は地形のことはあまり興味を持って来なかったのでやっぱり詳しい人はすごいなぁと感心するばかりでした。

この味原池は大正時代に埋め立てられた大きな池で、伝説ではこの池にシタテルヒメという女神が「天の磐船」という船に乗って天から降りてきたと言われています。シタテルヒメはここからもう少し東、鶴橋駅の向こう側にある比売許曽神社(渡来人系の名前の神社ですね)という神社の祭神です。この女神はアカルヒメという女神と同一人物であるかもしくはごっちゃになっているらしいのですが、アカルヒメはもとは新羅に住んでいた女神だったのが、夫から逃れてはじめ筑紫へ、次に浪速へやってきたという説話があります。

大阪府下には「神が乗って天から降りてきた巨大な岩の船」の伝説というのがいくつかありまして、この味原池跡や東大阪市の石田神社、交野市の磐船神社、河南町の磐船神社がそうです。降りてくる神様は新羅の女神だったりアマテラスの孫だったりするんですけどね。

他にも「なんだかよくわかんないけど大きな岩がご神体になってる神社」となると生駒山地沿いに無数にゴロゴロしております。先に出てきた交野市の磐船神社では岩の洞穴・磐座の中を通り抜けて「生まれなおす」ことができるということから、最近はパワースポットだ!と人気なんだそうで。

大きな岩を神様として拝むというのは古い神道の形としてメジャーなスタイルなので、そういうヤマト以前のなんだかよくわかんない神様が後からヤマトの神様の名札を付けられたけど「まぁええか」とそのまま祀られているんでしょうね、きっと。

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こちらは味原池のほとりにあったという産湯稲荷の狐さま。ちっちゃくてかわいいです。フィールドワークは産湯稲荷で解散となりました。
たくさん歩いたけど今まで歩いたことのない場所が多くて新鮮なフィールドワークでした。近場でも普段ほとんど行かない場所はやはり発見が多くて楽しいですね。

次回は再び大阪市内から離れて南の方へ行くそうなので、またまた「知ってたつもりの場所を初見で歩く」ことになりそうです。楽しみ!!