週末台湾旅行(2日目その1・国立故宮博物院)

2015年9月28日

一人週末台湾旅行、明けて2日目は朝から晴れでした!天気予報では台風が来ていたはずなのにどこ行った…。
朝食は9時頃から財布とケータイだけ持って宿のある士林駅前の大通り沿いをぶらぶら。物色した結果、おシャンティなものが食べられそうなチェーン店っぽいカフェ鯊魚咬吐司(Shark Bites Toast)士林店に。

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席でぼさーっと座ってたら店員のお兄さんが来て、レジまで歩いて行って注文するスタイルだと教えてくれました。いやもうてっきり席で注文取ってくれると思って座ってたですよ…。

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ほら、おシャンなもん出てきた!頑張って食べたけどフライドポテトが多くて残しました。こう見えて、ソーセージもフライドポテトもスクランブエッグもみんな八角味なのがさすが。ボリュームたっぷりでこの日は昼食を食べる気にならず、これが朝昼兼用ごはんに。

食事を終えて宿に戻ったら、鞄を持っていざ国立故宮博物院へ!
士林駅前から路線バスに乗り、20分ほど揺られると山の上の博物館に到着です。

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台風?なにそれ?っていうくらいの良い天気。

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ロビーで入場券を買う列に並んでる間にものすごいスコールが降りました。この日は一日中こんな感じで晴れているのにいきなり豪雨が降り、20分ほどで止むというパターンの繰り返しでしたね。

博物館の中は撮影禁止なので写真はナシ!
今回の展示は、中国南方少数民族の衣装展と、清の乾隆帝愛用の生活用品コレクション、書画、歴代皇帝の鏡のコレクション、元・明代の玉、殷〜漢代の青銅器、磁器の花器コレクション。あと忘れてはいけない玉でできた「白菜」と「角煮」。

この博物館はとにかく収蔵品のレベルが高くかつ数が多いので、1回行っただけでは全コレクションを見ることはできません。定期的な入れ替えスケジュールに従って全部見ると10年かかると言われています。
ガイドブックやトリップアドバイザーでは午後からゆっくり行って見るのがおすすめされています。が、博物館や美術館で通常の3倍見るのが遅いわたくしは午後から行ってたら全部回れません。だもんでなるたけ早く行きました。11時頃着でしたけど。

ここを回るには中国人団体客対策が必須です。対策と言っても彼らをいかに上手にやり過ごすかという意味です。 彼らは午前中にやってきて、夕方になる頃にはミュージアムショップを襲撃し、夕食の時間前には引き上げて居なくなります。だから午後からがおすすめされているんですね。納得。
その彼らですが、10人ほどの団体でそのエリアの目玉展示の前にわーっとやってきて、ガイド役の人が声高に解説をし、勝手に写真を撮る(写真撮影禁止だけど気にしない)、そしてまたわーっと次の部屋へ行く。他のもんは見んでええんかーい!(笑)
多分、バブル期の日本人ツアー客もこんな感じだったんだろうナーと懐かしい目になりますね…。いや、ほんまに。
結局、彼らの気配を察知したら素早く避けて他のものを見る、居なくなった隙に目玉を見る、というのが一番良さそうです。

彼らの好みは、
1.目玉展示だけ見たい
2.大きい/分かりやすくゴージャスなのがGood!
なので、民族衣装や書画の展示室はガラッガラです。それに対して白菜と角煮は120分待ちの長蛇の列、皇帝の日用品コレクションはもう押すな押すなの大盛況でした。大きい、キラキラ、大好き!なんですね。すごく、分かりやすい Σd(・ω・)

私のお目あては何と言っても青銅器です。誰がなんと言おうと青銅器!青銅器ダイスキ!!

学生の頃行った上海の博物館にも良いものはあったんですが、故宮博物院の方がさらに上でした…。殷から春秋戦国時代の一番良いものがズラリと並び、青銅器が各時代でどういう変遷を辿ったかがここの展示を一通り見るだけで全部分かるようになっています。「あー!これ教科書で見たー!!ハァァァン!(溜息)」のオンパレードです。どっちを向いても写真で見たものばっかりです。心拍数も血圧も上がりっぱなし。

中国の青銅器のざっくりした流れとして、殷(商)の時代のものは神へのお供えの器を中心とした祭器として作られ、周以降は授封の内容(爵位あげるよー、領地あげるよー、など)を金文で刻んで王から諸侯に贈られる礼器となります。
その中でも美的技術の頂点を極めたのは殷の祭器です。正体不明の幻獣や手の込んだ幾何学模様をびっしりと鋳込んだグロテスクな形状の金属の器たちは、現代において良しとされる無駄を削ぎ落としたシンプルなプロダクトデザインの対極に位置する「盛り盛り」のデザインです。

なぜそんなに盛り盛りで実用性から遠いのかと言うと、人間が使うものではないからです。
殷の主神は太陽神で、王家の祖先です。日本と同じですね。古代の王朝って大体どこもそうなんですけど。
殷の人々はものすごく真剣に神々を祀ったようです。何かあるとすぐに占いをして、神々が怒ってるという結果が出るとそのご機嫌を直してもらうために様々なお供えをしました。肉であったり、酒であったり、生贄の人間であったり。特に酒を備えるのがセオリーだったようです。酒関係の祭器が種類も数も多いのでそう考えられています。
真剣に八百万の神を信じていた殷の人々にとって、御神酒を入れる器こそ当時の技術をフルに使ったものでなければならず、彼らの美意識では盛り盛りこそが正義で、人にあらざるものに近付く道だったのでしょう。

黄河流域の殷の祭器が青銅器であったのに対して、長江流域の祭器は玉でありました。こちらも一抱え以上もある巨大な玉璧や玉琮があり、故宮博物院に収蔵されています。
玉璧は円板状の板の中に円の穴を開けた玉、玉琮は四角柱の中に円柱状の穴を開けた玉です。どれもひとつの石から削り出されるもので、神と交信する儀式に使ったと言われています。玉璧は太陽や月、完全に調和の取れた世界を表し、玉琮の四角と円はそれぞれ大地と空を表すとされます。
北京にある「天壇」という建物は皇帝が天地を祀るために建てたものですが、この建物も広大な四角い敷地に円状の壇を築き、その上に円状の堂廟が乗っています。祭祀の手段は変わっても、根本的な考え方は変わらないのですね。

今我々が生きている世界では、これらの青銅器や玉器のように実用性を完全に無視しつつ見えないものに奉仕する目的のみで作られるモノはそうそうありません。数十年おきに作り変えられる社殿のお引越し・遷宮にしても、確かに祭事ではあるものの「神社建築の技術継承」というテーマがもうひとつの柱となっています。
純粋な祭事とそこで使われる器への過剰なほどの作り込みを見ると、古代の人々の神への畏れと美しいものを作ることへの執念を感じて嬉しくなります。

さて「白菜」と「角煮」以外の一通りの展示を見て、1階のカフェで三清茶で休憩。

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三清茶とは、梅の花と松の実とぶしゅかんと緑茶のフレーバーティー。すっきりさっぱりしててリフレッシュします。本当は4階にあるカフェのインテリアがオシャレだとガイドブックに書いてあってそっちに行きたかったんですが、訪問の数日前からリニューアル工事のために閉鎖されておりました。残念…!

休憩ついでにミュージアムショップでお土産など諸々買い物をし、館内の郵便局からいつもお世話になっているお二方に絵葉書を出しました。

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自分用に買ったのがこちら、青銅器コレクションの図録。帰ってきてから眺めてはうっとりしてます。

この後、もう一度館内に戻って「白菜」と「角煮」を見ました。人出のピークを外して行ったので列に並ぶのも20分くらいで見ることができました。
正直、ものすごく良くできてるけどわぁー!と盛り上がるもんでもないなーと。
その時代の最高の技術を持つ職人が必死こいて作ったのは分かるし、素材の地を生かした素晴らしいものだとも思う。けど、あくまで工芸品の傑作であって、祭器のような執念は感じないんですよね…。ちょっと物足りないかも。
東京に特別展で来た時に無理して見に行かないで良かったと変に安心してしまいました。

これにて故宮博物院は終了。16時過ぎになっていたし、バスで士林の宿に一度戻ることに。