陳舜臣アジア文藝館に行ってきました

2015年6月2日

先週の土曜日、神戸のメリケン波止場前にある「陳舜臣アジア文藝館」に行ってきました。
ここは今年1月に亡くなった作家の陳舜臣さんの記念館で、昨年5月のプレオープンから準備期間を経て火曜日に正式オープンを迎えたばかりです。
道路標識を見て「海岸通り!『三色の家』のあった(という設定の場所の)近くに建ってるんやなぁ〜」などと考えつつ歩いて行きましたところ。
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旧神戸税関メリケン波止場庁舎という建物を使用しているのですが、正面のシャッターが閉まっているのと入り口が回り込んだところにあるため、一瞬「あれ?ここで合ってる?」と若干不安になりつつ到着。
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赤い扉を入って階段で3階まで。
階段からすでに陳少年が過ごした戦前の神戸の写真などが飾られていて陳舜臣ワールドに入って行きます。わくわくしますね。

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受付で入館料(大人300円)を払ってリーフレットと半券を受け取ります。
普通の資料館だと「はい、あとはどうぞご自由に」という流れなんですが、こちらではスタッフの方が最初にざっと展示を一通り解説してくださり、それから自由に見学することができます。
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最初が執筆活動をされていた書斎を再現した一角と談話コーナーを備えた部屋。ここで冷たいお茶をご馳走になりました。夏かと思うくらい暑い中を歩いて来たのでありがたくちょうだいします。
キャビネットの上には文学賞の記念品が観音様の両サイドにどーんと置いてあります。中央の観音様は阪神大震災の時に落ちたせいで指が欠けてしまっていました。
デスクの後ろに掛けてある絵、見覚えある…と思ったら右が『中国詩人伝』の文庫版表紙になっている白居易、左が屈原。この二人をツートップにするってどういう経緯でこうなったんでしょうね。めっちゃ気になるワァ…。
デスクの上には最後の原稿(現物ではなくコピー)と文具などが置かれていて、竹簡風のレプリカは魏の文帝(曹丕)の『典論』論文篇です。
タイトルを見た瞬間「文章は経国の大業にして不朽の成事なり」と学生時代に覚えたフレーズを反射的に思い出しました。三つ子の魂なんとやらですね。
詩と論文が盛んに書かれ言論が活発になれば国が栄える、文学は永遠に残る重大な事業なのだ、という曹丕の政治論。この論文から文章を書ける人(古くは士大夫層、現代は作家)はすべからく文章を書くことによって政治参加するべし、という中国文学の伝統が生まれ今日に至っているというわけ。
この感覚は日本文学の「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。」や「つれづれなるままに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」あたりのパーソナルなノリとは完全に別世界です。言うなれば中国文学は、時の権力に筆一本で立ち向かい、言いたいことを言って聞き届けられるか殺られるかさあどっちだ!という世界。
この『典論』論文篇を机の上に置いていたというのが、なんだか陳舜臣作品世界の空気と合わないような気がして意外でした。
2つめの部屋は各国語の翻訳作品や監修で関わった書籍などと書斎に遺された蔵書を集めた書庫です。蔵書の方は触れませんが、各国語の作品はテーブル席で読むことができます。
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台湾版、香港版、大陸版、英語版、ハングル版などいろんなタイトルが集められています。漢語圏の出版物には必ずその本の出版にあたり、趣旨などを述べた編集者や発行人の「出版の辞」と言うべきコーナーがあります。この出版の辞を台湾版と大陸版で読み比べると、それぞれの作品に対する姿勢や思いの違いが読み取れて面白いのでオススメです。割と大陸の方が前のめり(?)ですね。
また、著者の紹介の際に「旅日華僑陳舜臣先生」と書かれていたのが印象的でした。神戸生まれ神戸育ちで日本語で書いていても「旅日華僑」なんですね。華人社会のつながりというのはやっぱりすごいもんです。
蔵書の方はガラス戸付きの本棚に収まっていて、タイトルをざっと眺めるくらいです。中国語版の十八史や詩集、唐詩選、資治通鑑などの他にインド諸語やペルシア語に関する本などがみっしり詰まっています。
書庫に入って∑(‘=’;) ハッ!!としたのがにおいです。大学の学科研究室の書庫と同じにおいがしました。古本屋さんでも和書の取扱いが多いお店だとしないにおいなんですが、漢籍や中国関係の本が集まると独特のにおいがするんですネー。あれ、何なんでしょうね?使ってる紙が違うんでしょうか…。
3つめの部屋がギャラリーになっていて、直筆の色紙や毎日新聞で連載していた『天球は翔ける』の挿絵原画、新聞連載エッセイの挿絵原画などが展示されています。
ここはちょうどスタッフの方がオープニングセレモニーの後片付けで作業されていて写真はなし。
各部屋をつなぐ廊下にも展示ケースが置かれていて、取材旅行の際に持参されていたカメラや直筆原稿、執筆に使われていたモンブランの万年筆、陶芸作品、台湾政府と日本政府から贈られた勲章などがずらりと並びます。
直筆の原稿にはこれもありました。『中国の歴史』1巻の冒頭。小説というより「陳先生による歴史案内」という趣が強いシリーズなので一番好きな作品という訳ではないのですが、やはりこれは外せません。
あの作品の原稿だ!と気づいた時は一人でうるっと来てしまいました。行って良かったー!うおー!
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アメリカ・サンフランシスコのチャイナタウンで老人の昔話を聞くくだりから『中国の歴史』の数千年に渡る長大な旅が始まります。この書き出しは初めて読んだ時ものすごく印象的だったんですよね。
まだオープンしたてでお祝いの花が置いてあったりオープニングの片付けか、テーブルを移動したりとスタッフの方も手一杯な感じはありましたが、これから企画展なども行うとのことだったので、陳舜臣ファンならば一度は行っておいて損はない場所であろうと思います。満足、満足。